もう一週間前の事になるのですが、我が家(実家)で飼っていた猫が亡くなりました。
名前はミルク。17歳♂。
僕が学生時代に友人からもらった猫で、生まれる前からもらう約束をしていた。
我が家ではペットを飼う事があまり無かったので、飼えないだろうと思っていたところ母が快諾。父は渋々承諾。
そんなわけで生後2週間くらいで我が家にやってきた。
シャム猫の色をした日本猫との雑種で、白かったせいかミルクと名づけられた。
両手の上に乗るくらいの小ささで、目もあまり見えてなかったのかヨチヨチ歩き。
ミルクを与えても飲まず、注射器に入れて与えても飲もうとしなかった。
そのため、次の日には一時的に親元へ返したっけ。
やんちゃでどうしようも無い猫だった。
親元から早く引き離したせいか、噛み癖があり、手加減を知らないのか結構痛かった。
ある日、押入れにしまってあった墨汁をこぼし、墨汁だらけの足で部屋を駆け回った。
部屋は猫の足跡だらけ、ミルクを抱えた僕も足跡だらけ。
ある日、自分の背丈ほどある階段を一生懸命登っていた。
登ったけども降りられず鳴いていた。
ある日、母の悲鳴が聞こえた。
駆け寄るとミルクが捕まえたスズメが横たわっていた。
当の本人は母の悲鳴で驚き走り去っていた。
ある日、父の怒声とミルクの威嚇する声が家に響いた。
父とミルクはなんとなく相性が悪く、父は本気で子猫相手に怒っていた。
それに対し、ミルクは毛を逆立てて威嚇していた。
見てられなかったので、ミルクを小脇に抱え自分の部屋に連れて行き二人を引き離した。
ある日、寝てるいる僕を起こすために鼻を噛んで起こした。
もう少し、優しい起こし方あるだろうに。
父の仕事の都合で、北国の各地を点々とした。
猫は人でなく、家に懐くらしいが、どこに居てもそれを受け入れていたようだった。
たぶん、あれほど各地を点々とした猫も珍しいのではないだろうか。
2008年2月17日、父のバレンタインデーのプレゼントを持って実家へ行った。
ミルクの様子がおかしかった。
痩せこけ、皮と骨のような姿に。
よろよろと歩き、だるそうに横たわっていた。
次の日、仕事が終わり心配だったので再び実家に寄る。
さらに様子は悪化していた。
立ち上がる、歩こうとする、一歩踏み出そうとするその前足がプルプルと震えている。
そして、その一歩が踏み出せず、力なくドテッと倒れる。
見ていられなかった。
つい最近まで元気にしていた。洗面台に飛び乗り、水をくれと鳴いていた。
なのに、今はもう自力で歩く事もできなくなっていた。
長くないと思った。
そう思った瞬間、涙が流れてきた。
色んな思い出が頭を駆け巡り、急に老け込み衰えてしまったミルクを現実のものとして受け入れた時に、かけがえの無いものを失ってしまう悲しさで胸が一杯になった。
さらに次の日、仕事が終わってから再び様子を見に行った。
もはや、立ち上がることも無くなっていた。
苦しそうに口で呼吸をしていた。頭を撫でてやると、急に発作のように飛びのく。
撫でるのをやめ、手を握ることにした。
肉球が冷たくなっていた。
次の日も仕事だったので帰宅することに。
色んなことを思いながら駅近くまで来た時、母から連絡が入った。
ミルクが危ないから戻ってくるかい?ということだった。
早歩きで引き返した。街の信号がもたもたしていた。
10分かけて引き返したが間に合わなかった。
ミルクは静かに眠るように横たわっていた。
呼吸をしていない事を除けば、本当に眠っているようだった。
僕は思う。
きっと彼は幸せだっただろうと。
そして、僕達も彼が居て幸せだった。
僕は、彼と過ごす時間が少なかったけど、それでも存在感はあったし。
実家に帰るとそこにミルクが居て、それが当たり前で満足だったし。
僕らが家を出たあと、父と母を和ませていたんだろうし。
僕としてはとても感謝している。
晩年は父とも仲良くやっていたようだし。
きっと、今頃は自由に駆け回っているんだろう。
今までどうもありがとう。ミルク。
東京でも大雪が降ったそうですが
ここ北国でも雪が降っています。
振りすぎてこんなに積もってしまいました。

明日から雪祭りです。
僕は1週間ほど地方へ出張。
帰って来る頃には終わってるわけで。
そして、いつものとおり深夜出発。
おやすみなさい。
『xavierenigma's next physics game』で
何段まで積み上げるかを競う塔王大会が終了。
優勝は画面一杯に18段積み上げた まりお氏に決定。
心からおめでとう。
ちなみに僕の非公式記録は16段。
18段は近いようで遠かった。
まりお氏には僕からのささやかなプレゼント。

わずかな時間で作成したスペシャルなお手製バナー。
ブログなどに貼り付けてくれぃ。
ブログなどを持ってない場合は・・・。
どうしようかね(汗)